子どもが知的生産を身につけるにはどうしたらいいのか?

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Lyustyleさんのこの記事を読みました。

知的生産に関する「子ども」の視点 学校関係者がぜひ,読んでおきたい記事。 最初の食育の話からグイグイ引き込まれる。知的生産の話のはずだが、いつの間にやらそう言うことを忘れて読んでしまった。 「まず、自分の意見を責任者に伝え交渉しようと言うルール」 ルールかどうかはわからないが、欧米系の子どもたちは普通に身に着けている能...

この記事で言及されていた雑誌「かーそる」のgofujitaさんの記事も読みました。これらの記事を読んで考えたのは、なぜこどもたちに知的生産の技術が身につかなかったのだろうということです。

知的生産の技術とは

知的生産とはなんぞや?という人もいらっしゃると思うので引用します

知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら ─ 情報 ─ を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ。

梅棹 忠夫「知的生産の技術」 p9

大雑把にいえば新しいアイディアを誰かにアウトプットすることが知的生産といえます。

例えばアウトライナーを使って自分のアイディアを書き出してみたり、あるいはノートに書き出して意見を整理してみたりするのがが知的生産の技術。そしてそれらの技術を使ってアイディアをアウトプットするのが知的生産です。

知的生産できることはとても大事なことです。そのための技術が学校でなぜ身につかないのか?Lyustyleさんのような熱意ある教師がいれば身につく子どももいるでしょう。しかしそれでも身につかない子供もいます。

「自分の頭で考え、他人にわかる形で提出する」技術は確実に教えられて来た。

しかし,子どもたちはいつの間にかそんなことを学んだことなど忘れてしまう。

小学校時代に確実に教えたことについて「何にも覚えていません。あはは」と同窓会で言われるのにも慣れた。あんなに目を輝かせて「面白い!私国語が大好きになった!」と叫んでいた子どもが,数年後にはきれいさっぱり忘れている。

夜中までかかって一生懸命に研究して授業しても簡単に忘れてくれる。

逆に、裏のカリキュラムで教えたマインドマップが社会人になった今とても役立っています、と手紙をくださる方もいるが・・・・。

教えていても子どもたちはそれを忘れてしまう。

知的生活日記 「かーそる」読書日記⑦より

わたしもひとりの父として子どもにはぜひ知的生産できるようになってほしいを身につけてほしい。では忘れないためには何が必要なのか?

わたしは教師でも何でもないただの研究職ですので個人的な経験からまずは考えてみました。

なぜ身についたのか

学校に通って身についたものと身につかなかったものがあります。身についたものと身につかなかったものを比較することでその理由があぶりだせるのではないか。

知識は忘れてしまうものなので技術として小学校の授業で身についたものを考えてみました。

身についたもの

身につかなかったもの
  • 足し算、引き算など基本的な計算
  • 暗記する方法
  • ノートに何回も書く、ごろ合わせなど
  • 水泳などの体育でやったスポーツ
  • 縦笛などの楽器 etc.
  • 裁縫
  • 絵の描き方

身につかなかったもの=忘れているので思い出すのはなかなか難しかったです。

身についたものと身につかなかったものの差を考えると、やはり身についたものはそのときに「継続して必要」だったり、「好き、得意、楽しかった」ものではないかと。足し算、引き算や暗記する方法は必要でしたし、スポーツや楽器は好きでした。体育はけっこう得意科目で楽しかったです。

ではなぜ身につかないのか

学校で身についたものはそのときに「継続して必要」もしくは「好き、得意」なものだとします。ではなぜ知的生産の技術が身につかなかったのか。

知的生産の技術が「継続して必要ではなかった」「好き、得意、楽しくなかった」からです。ではなぜ継続して必要にならなかったり、好きにならなかったのか。

まず考えられるのが知らなかったということ。知的生産の技術を知らなければできません。

次に考えられるのが知的生産を習慣化できなかったこと。習慣化するのは大人でも大変なことです。子供が一人でやるのはもっと難しいでしょう。そして習慣化できなければ知的生産の効果を知ることができません。

さらに知的生産はやればすぐ楽しい!というものではありません。

一番簡単そうなメモを書くことでも4ステップ必要です

①メモにアイディアなどを書く
②その蓄積されたメモを見直す
③あるときぱっとアイディアが組み合わさったり、実際の生活に活かす方法を思いつく
④思いついたアイディアをなんらかの形でアウトプットする

③や④のより良いアイディアが出るステップや、実際の生活に活かせたりするステップまでこぎつけると楽しいと感じやすいと思います。そこにたどり着くまでにはメモを蓄積するという継続的な努力が必要です。

継続してできなければ知的生産の楽しさを知ったり、好き、得意になることもありません。楽しさが分からなければ知的生産の技術を身につけるモチベーションは持てません。

「習慣化できない」というのはなかなか大きなハードルです。小学生が将来のためになるからと知的生産の技術を自分だけで習慣化できるなら自己啓発本が本屋に並ぶこともありません。夏休みの最終日に一気に宿題をやる小学生などいない世界です。

じゃあどうすればいいのか?

ここまでのことを逆に考えると継続してできれば楽しさを知り、好きになる、得意になるこどもも出てくるだろうということです。ではどうするか?

学校で学ぶとなれば一番いいのは仕組み化してしまうことです。

たとえば授業前の朝の読書時間のように毎朝知的生産の技術を行う時間を設けるといったやり方です。10分でもいいからその時間を取ります。しかしただでさえ授業などで手いっぱいの先生たちにこれ以上負担を増やすのも考え物です。

ほかには習い事にしてしまうという手段もあります。

「情報社会を生き抜くためのナレッジプロダクションテクノロジー」なんて名前なら教育ママの心を打ち抜くことができるのではないでしょうか(笑)

あとは家庭内、地域内で教える場、実践する場を増やすこと。これはそれぞれの家庭、地域によると思いますができそうです。

ただ知的生産を教えるときの問題としては教える難しさがあると思います。情報カード、メモ、アウトライナーなど様々な技術がありますが個人に最適化されていることが多いため、なかなか教えることが大変そうです。

どのような順序で教えればより多くの子どもに知的生産の技術を習得してもらえるのか。難しいですね。とりあえず記録の大切さからでしょうか。

もしくは知的生産の技術を個人へ最適化する手助けをする方がいいのかもしれません。

わたしができることとしては家庭内で知的生産の場を作っていくことだろうなと考えています。

終わりに

倉下さんの「静かな場所での対話」、gofujitaさんの「忘れてしまうぼくたちが忘れないために」を読んでみて、わたしなりの考えをネットの片隅に置いておきたいと思いました。

次の記事では日本人の子とオーストラリアの子で知的生産のちからがなぜ違うのか。この点についても考えたので記事にしたいと思います。

ゆうびんやでした。



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